世間が騒がしくなってもう1年が巡りましたが、梅は葉をつけ、桜は芽吹き、春は変わらずやってきます。
人の営みも変わるようで変わらずあり、卒業式があり入学式を控え、学校施設は大忙しで、そんなわけで普段学校の体育館を借りてしている稽古場は例年同様しばしのお休み。
変わったようで、変わらない日々。
その中で変わらず稽古を続ける人々こそ尊いし、そのような営みを支えることもまた美しいと、そんなおセンチなことを思いつつ、今日も庭で軽く素振りをするのでした。
世間が騒がしくなってもう1年が巡りましたが、梅は葉をつけ、桜は芽吹き、春は変わらずやってきます。
人の営みも変わるようで変わらずあり、卒業式があり入学式を控え、学校施設は大忙しで、そんなわけで普段学校の体育館を借りてしている稽古場は例年同様しばしのお休み。
変わったようで、変わらない日々。
その中で変わらず稽古を続ける人々こそ尊いし、そのような営みを支えることもまた美しいと、そんなおセンチなことを思いつつ、今日も庭で軽く素振りをするのでした。
昨日の記事に「後輩ができるとなかなか自分の稽古の時間が取れない」ということを書いたんですけれど、実のところ「自分の練習相手になる後輩を作るのが一番稽古になる」というのもまた事実なんですよね。
あんまり差がありすぎると却って遠慮しいしい業を遣うことになりますけれど、自分よりちょっと遅れてついてきてる、という程度の後輩がいると気兼ねなく業の実験台として相手をさせられるわけですね。
杖道委員の先生方は口を酸っぱくして「5段にもなったら自分の後輩、自分の弟子を持ちなさい。6段7段は言わずもがなです」とおっしゃるわけですけれど、まことにもってその通りだなと。
出来るなら2,3段のうちから後輩を誘い込んでおくと後々色々と便利そうですよ。
私はと言うと…一応あの人やこの人は私の後輩ということでカウントしていいのかな…?
ここしばらくずっと稽古できてなかった併伝武術を久しぶりに一人稽古しました。
前に稽古したのがいつだったか思い出せないくらいなので、ずいぶん長いこと間が開いてしまったなと思います。
型の名前も怪しいレベルまで行ってしまってたので、やっぱり折を見て稽古しないといけませんね。
ただ、現実問題として併伝武術は指導者や稽古相手をなかなか確保しにくいという面もあり、また道場の中で教わる立場から教える立場に移行してくると、どうしても後輩や弟子のために割く時間が増えて自分のための稽古時間も取りにくくなってくることもあろうと思います。
その中でどれくらいの稽古をやっていけるか、どうやって時間と機会ををひねり出すか、そこのあたりを考えないといけない段階にやってきたんですかねえ。
気が付けばこのblogも10年目に突入ということで、ほんの思い付きで始めたものが思いのほか長く続いてるなと思います。
始めた当初はまだまだ20代で4段になったばかり、それが今や6段受審が目の前で年齢も40が目の前です。光陰矢の如しとはよく言ったものです。
自分の年齢もですけれど、思えば先生方も大分歳を重ねられたなと改めて感じます。あの先生もこの先生も「え、もうこんなお歳!?」という驚きとも焦りともつかないものが胸にわいてきますね。
学んでおきたいものは今のうちに早く押しかけてでも学びに行かないといけないのかと、そんなことを思った2月の末。
ネットの海を漂っていたところ、こんなものを見つけてしまいました。
【問4】道徳的な問題です。先にアイサツを終えたニンジャのタカシ君は、敵のサトル君がアイサツのオジギを終えて頭を上げた瞬間にチョップで頭部を破壊しました。これはシツレイにあたりますか?(頻問, 2017.ニン模試, 2018.ニン本試 )
— ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer (@NJSLYR) February 11, 2021
これ、割と良問だなと思いましたね。
・アイサツの最中でも相手のスキを見逃さず、アイサツが終わるのを見届けるまで攻撃しなかったのは礼法に適うので奥ゆかしい
・アイサツは同時に終了すべきもので「先にアイサツを終えた」のは礼法に適っていないのでシツレイ
とかそういう意見が出せそうです。
礼は相手のスキを伺いながらするものではないと言いつつも、「スキあらば打つ」「優れた礼にスキはなし」という気構え、心構え、つまるところの残心は実際大事。
「オリンピックなんか開いてる場合じゃない!」「そんなのできるような状態じゃない!」
なんて声が沢山あるわけですけれど、私たちはむしろ
「オリンピック?やろうじゃないか、開こうじゃないか」「だから杖道/居合道/剣道の大会も審査もやろうじゃないか」
って方向で前向きに進んでいくほうがいいと思うんですよ。