2016年6月12日日曜日

てしごと!

杖袋の底が抜けた。


これでバイクに乗ってたらえらいことになるところでした。
とりあえずちくちく縫って応急処置。

とはいえ、またほつれてきたらおっかないので新品を調達しようと思います。
安倍首相も「個人消費を増やそう」って言ってますから、経済活性化に貢献することにしましょう。



そんでもって、庭の梅を収穫したので梅酒を漬ける作業など。
杖といっしょで、これも日本の伝統文化ですな。
まだちょっと青いかなあと思いつつ、一部は熟してきてたので落っこちる前にと思って収穫。
それでも黄色く熟した梅からはモモのようなかぐわしい香りが漂います。

ちなみに後ろの焼酎はこないだの九州旅行で鹿児島に行ったときにこのために調達したもの。
梅酒にしちゃったら味も香りも梅一色で、いいお酒を使ってもあんまり意味はないんですけどね。
単なる自己満足と地域経済への貢献ですな。

今回のレシピは
・芋焼酎 1升
・梅 1kg
・氷砂糖 600g

梅のへたを取って、水で洗って乾かして、瓶に材料をまとめて入れて、あとは1年寝かせるだけ。
まあほとんどは自分で飲まずに人にあげちゃうんですけど。

梅干しは土用干しとか紫蘇の準備とかが面倒だからしない!!


ああ、そういえばユスラウメは今年もジャムにしました。
ちびちびヨーグルトに乗せたりしながら消費します。

2016年6月10日金曜日

みせかた!

前回の酔っ払い更新の直後、なぜかアクセスが普段の倍くらいに跳ね上がりまして
アイエエエ!ナンデ!?アクセスナンデ!?
と戸惑ったわけですが、実際サイバー空間は謎めいている。



さて、しょーもないスラングはこれくらいにして、ちょっと古い話なんですけど、春先に飛鳥坐神社で夢想神伝流の奉納演武を見ていた時の事。

「居合って、何してるか全然わからんよね」
「斬り方がちょっと違うかな、くらいしか思えんよね」

という声が観客から聞こえてきましてですね。


ふと思い出したので動画を探してみましたよ。

こういう風にやられ役を置いたら、見世物としてはわかりやすくなるかもしれませんな。
奉納という意味からは遠ざかってしまいますけど。

居合の理合とか仮想敵とかいうのも、これを見れば一目瞭然!


そこへ来ると杖道はいつも2人1組ですからして、どこを撃っていくのかというのはよくわかって大変に観客に親切ですね。


余談ですが、この先生の同じような動画はyoutubeにほかにも上がっているようですので、興味のある方は検索してみてください。

2016年6月7日火曜日

あめふり

梅雨入りして雨が降ると、バイク生活の私はどうしても稽古を休みがちです。


そういうわけで、今日は日も高いうちから畳の部屋に布団を敷き述べてごろごろしながら本をよんだりしつつちびちびやったりしているわけでございます。
日ごろあんまり飲酒しないワタクシですけど、たまにはいいじゃんね、こんなのも。


いやホント、豊かさってこういうことじゃないかと思いますね。

うらやましい?

うらやましかったらあーたもさっそくニートになって真似してみたらよろしくってよ?


将来が不安だとかいってびくびくしながらため込んでても、なるようにしかならんとですよ。
だからパーッと使ってのんびり楽しく過ごしらたよかとです。ええ。


以上、酔っ払いがお送りしました。



p.s.
朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、そーれで身上つーぶしたー、あーもっともだーもっともだー

2016年6月5日日曜日

備忘録

再来週に迫った定例の講習会のお知らせというか備忘録。


会場:芳田小学校

6月18日(土)
 9時~12時    全剣連伝達講習会
 13時~16時    古流講習会

6月19日(日)
 9時頃~      段級審査会
 10時頃~16時    全剣連杖道講習会

受付は各30分前から

講師:範士8段  冨永彰三先生

2016年6月4日土曜日

くぎょう

「苦行は悟りに至る道ではない」
ガウタマ・シッダールタ


上記の言葉は先日も書きましたけれど、痛い・苦しい・辛いことを経験すれば成長するっていうのは甘えた考えです。


そこにあるのは「これだけ辛い思いをしているのだから、それだけ成長しているはずだ」という思考。
でも、「辛い思いをすること」と「成長につながること」には何の関係もない。
にもかかわらず、安易に苦行を選ぶのはただの思考停止であり、結果を伴わない自己満足以外の何物でもない。
「自分はこんなにつらい体験をやり遂げたんだぜ!!」という中身のない我慢自慢です。


さらに罪深いのは、自分ではなく他者に対して躾だの修行だのという名目で苦痛を課すこと。

そこには
「辛い思いをするのは自分じゃないから/自分じゃないけどいいだろう」
「躾・稽古のためだから苦しい思いをさせてもいいだろう」
「自分もやった/やらされたことだからいいだろう」
「目標が達成できなかったとしてもそれは自分のせいじゃない、コイツが無能なせいだ」
「苦しめたとしても、いつか『お前のためだった』とわかってくれるだろう」
という何重もの甘えた考えが横たわっています。

挙句の果てに
「辛い思いをさせている自分だって辛いんだ!」
という身勝手な正当化が加わることもままあります。

当たり前ですけど、どれ一つとしていいわけないだろ!!


「獅子は千尋の谷に己の仔を蹴り落とす」とか言いますけどね、
空想の生物の想像上の行動を自分の行動の根拠にするんですか?
(現実のライオンはサバンナに生息しており崖も谷もない)


もちろん、人間だからつい手を上げたりひどい言葉を遣ったりすることはあるでしょう。
あるいは、上達・成長のためにどうしても苦しみを伴う道しか見つからないこともあるでしょう。
親でもコーチでも間違いを犯しうる。

だけれども、だからといって積極的に人を苦しめることが正当化されますか?


稽古であれば、
「もっと的確に伝わる言い方はどんなものか」
「もっと効果的に上達できる練習法は何か」
「もっと楽に習得できる方法はないのか」
ということを考えるのが現代の指導者に求められることだと私は思っています。

裏を返せば、
「伝わらないのは自分の伝え方が悪いのだろう」
「上達が見えないのは教え方によくない点があるのだろう」
「楽しくなさそうなのは無闇に苦しいやり方を課してしまっているのだろう」
という自らを省みる姿勢が必要だということ。

月月火水木金金の行きついた先が一面の焼け野原だったことを、我々日本人はもうちょっと真剣に考えねばならんのではありますまいか。


こんなネットの片隅でニートのおっさんが偉そうにぐだぐだ言って、それが正しいんだとか何かが変わるとかそういうことはないのではありますが、改めて私の考えをもう一度。

苦行は甘え。
苦行を他人に課すことは罪。

2016年5月31日火曜日

としうえ

人に勧められて読んでみた。
「年上の義務」。
小1時間かそこらでさくっと読めます。



要点はたった3つ。
・威張らない
・愚痴らない
・いつもご機嫌でいる
ですって。

さて、私はどれくらいできてるでしょーか?
だいぶ怪しいな…。


私が勝手に「あれこれ自己啓発本読むくらいなら論語だけ読んどけ」と思ってときどき引用している論語ですけれど、「年下が年上に仕える道」をあれこれ説いてはいても、「年上が年下に接する道」は説いていないんですよね。

多分孔先生は「歳を重ねて仁に近づけば自ずから年下を遇する術も体得できているはずだ」と言外におっしゃっておいでなのでしょう。


考えてみれば、70歳80歳にもなって孫みたいな人間から「ココが良くないですよ」「アソコ直しましょう」ってぐちゃぐちゃ言われても嫌な顔一つせず、ひたすら杖の稽古に励むなんて、なかなかできないことだよなあとしみじみ思います。

そんな歳のとりかたを私も目指してみたいと思います。

2016年5月25日水曜日

どりょく

「練習は嘘をつかないって言葉があるけど頭使って練習しないと普通に嘘つくよ」
ダルビッシュ・有



「努力はスカラー量じゃなくてベクトル量」
読み人知らず



「苦行は悟りに至る道ではない」
ガウタマ・シッダールタ



「難しく考えたらいかんとですよ。なんでも簡単に考えて簡単に遣わんと。」
冨永彰三先生


そういえばあとひと月で恒例の講習会でした。
今から質問事項をため込んでおかんと。