少し古い話題ですが、「武術の動きのデータを取り込んでムービーにして共有し残していこう」という試みが始まっているそうです。
詳細はこちら。
http://circle.wazuma.jp/2013/04/what-is-samurai-mmd/
わかりやすい記事がこちら。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1304/24/news085.html
「なんかうさんくさい」「しょせんコンピュータの事しか知らない素人の発想」ということもないようで、というのも発起人は伝統芸能「手妻」の継承者だといいますから、集まる武道の動画次第ではかなりしっかりしたものが出来上がるんじゃないでしょうか。
趣味は多様化し、生活は西洋化し、さらに今後人口が減少していくなかで古武道の存続はかなり危ういものと私は思っています。
しかしこういう形でわずかなりとも残っていくなら未来への貴重な資料となるんじゃないかと思うわけです。
いろんな達人の動きを様々な角度から研究する用途にも良いですよね。
私だって自分の動画と免許皆伝の先生の動画とを比べて何が違うのかを是非徹底的に検証したいですもの。
情報工学は所詮小手先、と思う人もあるでしょうが、限定的な分野では既に職人技をコピーした工作機械も実現しており、現時点においてさえかなりの精度でデータを仮想空間上に実装できるはず。
神道夢想流のどなたかやってくださらないかしら。それかいっそ誰か私と組んで投稿してみる?
2013年6月17日月曜日
2013年6月3日月曜日
目指せ!グランドマスター!
先日封切りになった、「グランドマスター」という映画を見てきました。
1930年代~1950年代を舞台にした中国武術の達人達の人間ドラマを描いた映画、とでも言えば良いんでしょうか。
筋書きはイマイチでしたが武術の立ち回りは大変結構な見応えで、また所々含蓄のあるセリフが飛び出してきてぐっと迫るものがありました。特に印象に残ったのはこの一言。
「精進には報いがある」
例え一服することがあっても、高い山の頂を目指して一歩一歩登っていくことを忘れないようにしたいものです。
1930年代~1950年代を舞台にした中国武術の達人達の人間ドラマを描いた映画、とでも言えば良いんでしょうか。
筋書きはイマイチでしたが武術の立ち回りは大変結構な見応えで、また所々含蓄のあるセリフが飛び出してきてぐっと迫るものがありました。特に印象に残ったのはこの一言。
「精進には報いがある」
例え一服することがあっても、高い山の頂を目指して一歩一歩登っていくことを忘れないようにしたいものです。
2013年5月19日日曜日
鏡に向かう
昨日の稽古では、ひたすら鏡に向かって一人稽古を繰り返しておりました。
あの人がどうとか、この人がどうとか、余人のことはいざ知らず、あるのは自分一人のこと。
自分の稽古を自分で見る、たまにはそんな稽古も必要かなと。
不思議なのは、太刀や杖を振っている様子がびっくりするくらい見えていないこと。気が付いたらふりかぶっていて、気が付いたらふり終わっている。
目の稽古が足りない、ということですか。
それともそれだけ無心に振っているということなのか。ま、それはないかな。
あの人がどうとか、この人がどうとか、余人のことはいざ知らず、あるのは自分一人のこと。
自分の稽古を自分で見る、たまにはそんな稽古も必要かなと。
不思議なのは、太刀や杖を振っている様子がびっくりするくらい見えていないこと。気が付いたらふりかぶっていて、気が付いたらふり終わっている。
目の稽古が足りない、ということですか。
それともそれだけ無心に振っているということなのか。ま、それはないかな。
2013年5月5日日曜日
神のまにまに
五月晴れ、日本晴れに恵まれた今日、毎年恒例の阿智神社奉納演武に参加してきました。
今年も各流派の演武をお届けします。
まずは無双直伝英信流。老いも若きも一心に抜く。
我らが杖道。長くない棒を如何に使うかがみせどころ。 写真の2人は今年が初参加。
佐分利流(さぶりりゅう)槍術。「エイィー!」の気合いがひときわ高くこだまします。
戸山流兵法、試斬。お見事!
竹内流備中傳(たけうちりゅうびっちゅうでん)、棒の型から。右から左から盛んに打ち合います。
初實剣理方一流(しょじつけんりかたいちりゅう)から抜刀の型。暗闇の中で刀と鞘を使って敵を探り、触れるやいなや切り倒す。そういう状況設定の型だそうです。
実際には刀や体の瞬時の使い方、甲冑を着けて制限のある中でのにじり方などを修得することが主眼ではないかと。
ほかにもいくつかの流派が参加していらっしゃいましたが、わたしの見学はここまで。
あとはすこしオマケを。
袴の股立ち(はかまのももだち)を取るということ。
立てると槍の長さが分かります。これでもこの流派の槍は短めのものだそうですよ。
さあ、観覧席にいらっしゃった皆さんも武道を始めてみませんか。
2013年4月28日日曜日
2013年4月27日土曜日
Hit!
暖かな布団の抱擁についつい余分に朝寝を過ごしたのち、ようやく未練を振り切って道場に出ましたら、見学に来られた方がいらっしゃいました。
聞けばこのブログをご覧になったとのことで、ネタがないなりに続けてきた甲斐があったとしみじみ思います。
水島道場および岡山県杖道部では杖道・杖術に興味のある方をつねに求めております。
まずは体験・見学だけでも、どうぞ動きやすい格好でお気軽にお越し下さい。
聞けばこのブログをご覧になったとのことで、ネタがないなりに続けてきた甲斐があったとしみじみ思います。
水島道場および岡山県杖道部では杖道・杖術に興味のある方をつねに求めております。
まずは体験・見学だけでも、どうぞ動きやすい格好でお気軽にお越し下さい。
2013年4月17日水曜日
力の差
「気」というものは今のところ科学の外の話であってそんなものはないのだということになっています。
そうは言ってもやはり「気圧される」ということはあるもので、特に高段位の方に稽古を付けてもらうときなんかは向き合うと相当「気負い」を感じます。
決して常日頃が「気を抜いている」とかそういうつもりはありませんけれど、やはり上手の人に相手をお願いするときはより「気が張り詰め」ます。
こうして書いてみると、やっぱり身体感覚としてはなんか「気」ってありそうな気がするから不思議。
ところで、私が駆け出しの頃は、何も分からず高段位の方々が型を遣う様子を見て「どこが凄いんだろう。」なんて思っていたものでした。
人間とは面白いもので、力の差がありすぎると差があることもわからないんですね。
いくらか稽古を積んでみて、ようやく「ああ、やっぱり凄いんだ。」と気付かされるわけです。
気付けるようになった分だけ進歩したのかなと思います。
しかしやはり8段とか免許皆伝とかいう方々の腕前、技の冴えを目にするに付け「うむ、わからん。」と首をひねることしきり。9年も稽古してまだこんなものかと言われそうですね。
まあ、週に1度2,3時間型を遣っただけでそんなに伸びるわけがないのですけれど。稽古不足を戒めるところです。
さて、人間は自分の事をつい持ち上げて評価するもので、それを戒めて曰く。
自分の方がちょっとは出来ると思うとき、相手は自分と同じくらいの力量である。
自分と同じくらいだと思うとき、相手は自分よりも出来る。
自分より相手の方が出来ると思うとき、相手は自分より遥か先を行っている。
いつになったら追いつけるかなー。
そうは言ってもやはり「気圧される」ということはあるもので、特に高段位の方に稽古を付けてもらうときなんかは向き合うと相当「気負い」を感じます。
決して常日頃が「気を抜いている」とかそういうつもりはありませんけれど、やはり上手の人に相手をお願いするときはより「気が張り詰め」ます。
こうして書いてみると、やっぱり身体感覚としてはなんか「気」ってありそうな気がするから不思議。
ところで、私が駆け出しの頃は、何も分からず高段位の方々が型を遣う様子を見て「どこが凄いんだろう。」なんて思っていたものでした。
人間とは面白いもので、力の差がありすぎると差があることもわからないんですね。
いくらか稽古を積んでみて、ようやく「ああ、やっぱり凄いんだ。」と気付かされるわけです。
気付けるようになった分だけ進歩したのかなと思います。
しかしやはり8段とか免許皆伝とかいう方々の腕前、技の冴えを目にするに付け「うむ、わからん。」と首をひねることしきり。9年も稽古してまだこんなものかと言われそうですね。
まあ、週に1度2,3時間型を遣っただけでそんなに伸びるわけがないのですけれど。稽古不足を戒めるところです。
さて、人間は自分の事をつい持ち上げて評価するもので、それを戒めて曰く。
自分の方がちょっとは出来ると思うとき、相手は自分と同じくらいの力量である。
自分と同じくらいだと思うとき、相手は自分よりも出来る。
自分より相手の方が出来ると思うとき、相手は自分より遥か先を行っている。
いつになったら追いつけるかなー。
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