2021年4月7日水曜日

だいじに

 先日、お下がりで木刀と杖を頂いた話をしましたね。
では、まず最初にすることは何か?

そうですね、お掃除です。
道具を大事に使う、その第一歩です。

何度か書きましたけれど、私の木刀と杖の手入れは基本的には「水拭き→乾拭き→乾燥」です。
サンドペーパーとかそういうのは使いません。

ただ、最近は仕上げにちょっとひと手間加えて、椿油を引くようにしています。
難しいことは全然なくて、数滴油を手に取ってそのまま摺り込むだけ。
椿油をわざわざ買わなくても、オリーブオイルでもいいんじゃないかと勝手に思っています。

人間の肌と一緒であんまり乾燥しすぎもよくないとかなんとか、どこまで本当か、どこまで効果があるのか、それはわかりません。
でもなんとなく手になじむと言いますか、単に滑るだけじゃなくて程よい吸い付きが出たような気がします。

お手入れは大事。

でも杖や木刀が汚れるまでしっかり稽古することも大事。

稽古道具は稽古のための道具ですからね。

2021年4月4日日曜日

なれそめ

 せっかく4月だし「杖道を始めたきっかけ」など書いてみたいと思います。


あれは大学4回生に上がる春休みのことでした。

地元に帰ってゴロゴロしていたらなんか肩が重たくて「はてな?」と思っていたところ、姉が一言。

「肩こりじゃなーい?あんたもトシね、フフッ」

あんたもトシね

あんたもトシね

あんたもトシね


それまで運動嫌いで全然体を動かしてなかった私でしたが、この一言で「こりゃいかん」と思い、何か体を動かすことを始めようと思ったのでした。

さて何をしようと考えた時、
すでに4回生となる身ではサークルに入るわけにもいかず、
近所のスポーツ団体に入るにしても野球だのサッカーだの近代スポーツはからっきしで興味ももてず、
当時好きだったチャンバラに絡んで武道でもしようかと思ったものの剣道は痛いしきついししんどいしお金かかるし、
柔道は高校の授業でやって好きになれなかったしもう男同士で縦四方固めなんかやりたくなかったし、
じゃあ最近(当時)微妙に流行ってる古武道的な何かをやってみようかな、それもできればあんまりお金がかかりそうになくて近所でやってて週1くらいでできそうなやつで、あんまりほかでやってなさそうなやつを…

とまあこんな経緯でネットで検索して出てきたのが「杖道」だったわけですね。

「なんか稽古が進んだら剣術とか鎖鎌とかできるっていうし、オトクちゃう?」っていう点もポイントでしたね。

ちなみに、もう1つの候補がなぎなただったんですけど、道具が長すぎて保管や運搬が大変そうとか防具代がかかるとか女性ばっかりで居心地悪そうとか、そんな理由で落選しました。

そんな割と適当でゆるふわな感じで始めた杖道が、社会人になっても続いて16年だか17年だかに及ぼうとしてるわけですから、世の中本当にわからないというか、御縁だなあというか、そんなことを思うわけです。


もし私がもう少し女好きだったら、今頃このblogは「岡山でなぎなた」だったかもしれませんね。

2021年4月3日土曜日

おさがり

 先日、某先生の断捨離のおすそ分けをゲット。


古い先生方が段々に身を引かれたり鬼籍に入られるのは悲しくもありますが、業も物も受け継いでいくことが大事かなと改めて思います。

だからと言ってこんなに1人でもらってどうすんの、自分の分だけでもすでに木刀3本、杖2本、短杖やくるみ竹刀まで合わせたら両手でも数えきれないくらいあるでしょ、って話なんですが、木刀や杖もいいものは段々入手しにくくなってきているようなので、古いものでもよさげなものは手元に置いておくほうがいいのかなと。
将来後輩ができた時に「杖も木刀も手に入らないのでやっぱりやめます」なんてことにならないようにね。
特に柄8寸の木刀は貴重ですから。

いつか私が杖道から離れるとき、また誰かに受け継ぐことができたらいいなと思います。


そしてこれは別件で手に入れた巾着。

エジプトの神、メジェド。

この神の名は「打ち倒す者」の意味だそうで、一見子供の落書きのようなその風貌からは思いもかけない力ある神なのだそうです。

この巾着は、これまた木刀に比例して枚数がかさんできた革鍔入れにします。


ちなみに、この巾着は高梁市成羽美術館で購入できますから、興味のある人はぜひ岡山県高梁市へお越しください。
備中松山城、吹屋地区ベンガラの町並み、鍾乳洞などが見どころです。
お土産はゆべしがオススメ。

2021年3月24日水曜日

おわかれ

 岡山の南部では桜がかなり花を開いてきて、週末を待たずして満開になろうかという様子です。

そんななか、悲しい知らせが届きました。

私が杖を始めたころからいろいろとお世話になっていた先生が亡くなられたそうです。

咲いた花は散り、生まれたものは必ず土に還り、出会いがあれば別れがある、それが世の常、世の定めとはいえ、しみじみと悲しい。

先生に教わったことを忘れずに杖の道を歩むことが供養になると信じて、今はただご冥福を祈るばかりです。

2021年3月19日金曜日

かわらぬ

 世間が騒がしくなってもう1年が巡りましたが、梅は葉をつけ、桜は芽吹き、春は変わらずやってきます。

人の営みも変わるようで変わらずあり、卒業式があり入学式を控え、学校施設は大忙しで、そんなわけで普段学校の体育館を借りてしている稽古場は例年同様しばしのお休み。

変わったようで、変わらない日々。

その中で変わらず稽古を続ける人々こそ尊いし、そのような営みを支えることもまた美しいと、そんなおセンチなことを思いつつ、今日も庭で軽く素振りをするのでした。

2021年3月7日日曜日

こうはい

 昨日の記事に「後輩ができるとなかなか自分の稽古の時間が取れない」ということを書いたんですけれど、実のところ「自分の練習相手になる後輩を作るのが一番稽古になる」というのもまた事実なんですよね。

あんまり差がありすぎると却って遠慮しいしい業を遣うことになりますけれど、自分よりちょっと遅れてついてきてる、という程度の後輩がいると気兼ねなく業の実験台として相手をさせられるわけですね。

杖道委員の先生方は口を酸っぱくして「5段にもなったら自分の後輩、自分の弟子を持ちなさい。6段7段は言わずもがなです」とおっしゃるわけですけれど、まことにもってその通りだなと。

出来るなら2,3段のうちから後輩を誘い込んでおくと後々色々と便利そうですよ。

私はと言うと…一応あの人やこの人は私の後輩ということでカウントしていいのかな…?

2021年3月6日土曜日

おわすれ

 ここしばらくずっと稽古できてなかった併伝武術を久しぶりに一人稽古しました。

前に稽古したのがいつだったか思い出せないくらいなので、ずいぶん長いこと間が開いてしまったなと思います。

型の名前も怪しいレベルまで行ってしまってたので、やっぱり折を見て稽古しないといけませんね。


ただ、現実問題として併伝武術は指導者や稽古相手をなかなか確保しにくいという面もあり、また道場の中で教わる立場から教える立場に移行してくると、どうしても後輩や弟子のために割く時間が増えて自分のための稽古時間も取りにくくなってくることもあろうと思います。


その中でどれくらいの稽古をやっていけるか、どうやって時間と機会ををひねり出すか、そこのあたりを考えないといけない段階にやってきたんですかねえ。