2018年2月21日水曜日

おつげだ!

先月でしたか、NHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」でひらめきが生まれるメカニズムについて放送していました。

ざっくりとまとめると、
「リラックスしているとき、ぼんやりとなにも考えていないときの脳の状態はむしろ高度に活性化していて、ひらめきが生まれるときの働きと非常に近い」
「リラックスしている状態のほうがアイディアは生まれやすい」
ということでした。

このことは私自身も経験があり、高校のころ数学のテストでどうしても解けなかった問題の解法が、帰り道をとぼとぼ歩いているときに突然閃いた、ということがありました。
「なんでもうちょっと早く思いつかないんだよ!」と悔しい思いをしましたけれど、のんびりリラックスして歩いていたからこそ思いついたんですね、これは。


中国の故事を探ると、経験的にはこのようなことは1000年も前から分かっていたようで、俗に「三上(さんじょう)」と言われるお話があります。
冨永先生も前回言われてましたね。
「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなは)ち馬上、枕上(ちんじょう)・厠上(しじょう)なり。」
というフレーズが11世紀中期の中国の詩人、欧陽脩の「帰田録」に見えるそうです。
つまり、名文が浮かぶのは3つのパターン、馬に揺られてのんびりしているとき、寝入りばなや寝起きのうつらうつらしているとき、トイレでほっと一息ついたとき、ですね。

私の知っている話だけでも、作曲家すぎやまこういち氏がドラゴンクエストの名曲「序曲」を思いついたのはトイレに入って5分の間だったとか、漫画家矢上裕氏は夢で面白いネタを思いつくことが多いのでネタ帳を枕元に置いているとか。
ただ、夢うつつでメモしたことは後になるとたいてい解読不能なのだそうですけども。


さて、ここでわれらが神道夢想流の創立にまつわるお話を思い出してみましょう。
「夢に神の使いが現れて『丸木をもって水月を知れ』と告げた」ということでしたね。
同じように「修行中に夢で神がお告げをもたらした」という話は割とあちこちで見られるわけですけども、やはりこれも同じ現象なんじゃないかと思えます。
山にこもって刻苦勉励するうちに培った多くの経験が、眠りについたその時に頭の中で整理整頓され1本の線につながって現れ浮かんできた、そういう体験なのではあるまいかと。

ただの伝説・神話の類に思われる話にも実は科学的な裏付けがあるのではないか、と思うとなんだかわくわくしませんか?

そういうわけですから、行き詰まったり忙しくしたりしている中でもちょっとほっと一息つく時間を確保すると、なにかそれまでと違った名案が浮かんでくるかもしれません。

ただし、アイディアが思い浮かぶ大前提として「ああでもないこうでもないという試行錯誤を脳みそが擦り切れるほど繰り返している」ということがありますので、私みたいにただごろごろしているだけでは大発見などないだろう、ということは言い添えておきたいと思います。

1 件のコメント:

  1. 一達流の動画拝見しました。
    板津さんの本は少し分かりにくいのでマネキンを相手に実際に縛る映像はとても参考になりました。
    ネタも面白かったです。

    ところで一達流についての書籍で日本杖道会が出版している『一角流十手術一達流捕縄術飛び出し十手術』という本があるのをご存じですか。
    これも一達流についての解説が詳しく書かれていて参考になるかと思います。
    日本杖道会にメール注文すると送ってくれます。
    4500円でした。

    返信削除